Appleの記憶

Apple IIの存在を知ったのが高校の頃。養われる身ではとてもおねだり出来ぬマシン。
雑誌の写真からそのグラフィックなどに憧れるも、現実はバイトで買ったポケコンの液晶一行画面。
二人の創業者。でも彼よりもう一人の技術的センスに憧れていた。
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Macintoshを知るのが大学一年の冬。もはや車を買うに等しかった高価なマシンなぞ対象外。
雑誌の写真から完結した筐体に憧れるも、手元にはバイトでやっと買ったFM7とFDDドライブ。
彼はその後、次第に経営面で追い込まれていったことは、雑誌の中で少しずつ知った。
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Macintoshを買ったのは、就職して初めて冬のボーナスを握りしめたとき。
それでも中古Plus(プラチナカラーモデル)がせいぜい。漢字Talkのあまりの使い勝手の悪さに呆然とした。
仕方無く、雑誌あさり・ショップ巡り・スタックづくり・パソコン通信・ユーザーグループ参加・インターネット接続の日々鍛錬。

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IIcx PowerBook140 …
購入履歴はカミさんにばれるとえらい目に合うので自粛。

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ユーザーグループでは様々な人に出会うことができた。

すでにその頃、彼はAppleを追われていた。
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彼がNeXTcubeを担いで復活(逆襲?)したことを知る。
黒い1フィート立方体を観たときは鳥肌モノ。
価格は・・・とてもポンと買えるシロモノではない。完全に諦める。
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Appleを追い続けたが8100/80avで足を止めた。
職場では窓ユーザーに徹し、自宅ではPC互換機に手を出し、386BSD->FreeBSD->Linuxへと逃げる。
気づくと彼はNeXTの技術と人材を引き連れ、Appleに復活していた。
あまり興味はなかった。
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Apple製品を再び手にしたのは、iPod Touch。
窓上のiTunesとPodcastに馴染んでしまった身では、下手なMP3プレーヤでは満足できずに購入。
手に吸い付くような感覚とアプリの楽しさに感激した。
彼が生み出す製品を再び待ちわびることになった。
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ちょうど一年前、auからMNPしてiPhone4を手にする。ただ待ちきれなかったのだ。
キャリアがどこだろうとかまわない。auから出なかった(スマホの消極姿勢)から替えただけだ。
そして・・・3月11日の天災とその後の人災?。
計画停電中の暗い駐車場で、Skype経由で自宅から子供らの笑い声が聞こえた時の安堵感。
たまたまこいつが手元にあっただけなのだろうけど。
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4日、4Sの発表。そして5日、彼は逝った。
ラジオからその訃報を聴いたとき「うぅ・・あぁ〜〜そ〜なのかぁ・・・」という深い溜息。

別にカリスマ経営者だとか賞賛するわけでもない。
一時は追い求めたが無視した時もあった。
彼に直接関わった人の中では愛憎渦巻くものがあったにちがいない。
自分が感じられたものは、創りだされた製品と様々な報道と噂話しかなかった。

・・・つらつらと思いつくままに。
なんにしても、ただただ楽しかったよ。
Thanks, Jobs!